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引きこもりが世界に羽ばたく経営者になるまで

【2015.4.1】自分の1番向いてない職業は「公務員」

プロローグ

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3月の後半になると職場前の桜が満開になる。下手すると学生時代の桜よりも立派かもしれない。綺麗な淡い桃色の桜は昼もいいけど残業帰りの夜桜も格別。(今まで写真撮ったことないけど笑)

 

そして真新しいリクルートスーツを着た新入を見ると自分が何を思って公務員になったのかを自分の1年目を思い出す。その度に自分の足元を見直すと使命感が自分を正してくれる。

 

自分が何故ここにいるか、ここで働いているか、それは仕事だけでなくともあらゆる自分の行動に対してあり、なくてもいいけど、あると自分をより高められると思う。

 

毎年この時期は自分を叱咤激励して、仕事仕事と割り切っていたけれども、今年は退職することもあってかよりこの時期に感慨にふけっていたように思う。自分のそのメモが今後の「仕事のあり方」を考える学生さんや社会人の人に何かしらのきっかけを残してくれるように書こうと思う。

 

未来がなかった自分

自分は色々あって幼少期は人生に対して不安しかなかった。
中学校では体調不良から、メンタルもやられ、不登校となった時は今は大したことないように他人事のように見てしまうけれども、当時の自分は人生終わったんじゃないかと後悔でいっぱいだった。中学の後半は学校に行くことができていたけれど、たまに発作が起きて、急に涙が出て、止まらなくて、トイレや保健室に体調不良を理由にこもることが多かった。ただただ毎日悔しくて、人生を恨んでいた。

 

「なんで、あんなにみんなは楽しそうなのに…私はこんなに惨めなんだろう…。」

 

親からは「お前は失敗した」と言われ、学校の先生からは「あなたが悪いんじゃないの?」と言われ、友達もいなかったし、誰かに頼ることもできていなかった。完全に自分はひきこもりになって話し相手はというとインターネット上の知らない人。そんな人は気休めでしかなく、自分はずっと孤独感を感じていた。

 

「知らない人と話してばかりで、バカみたい…。結局1人なのに。」

当時学校に行かなくても、成績はそこまで悪かったわけではなかったけれども、より勉強を意識したのが進学校の学校に入ってすぐ。戻ってきた受験時の成績順位をみて驚愕した。

 

「こんなに学生数多いのに後ろから数えた方が早いって…。」

 

順番は成果かには覚えていないけれど、300人中後ろから10番目くらいだった。それまで高校受験は必死に勉強したけれどもそれでは圧倒的に足りないほど、自分には学力がたりなかった。遊ぶことしか考えていない同級生に負けたこともシャクだった。


「周りを気にしたら何もできない。今の人たちはどうせ3年もすれば別々になる。この人たちに好かれることと自分の人生をよくすることとどっちがいい?私は…自分の人生をよくしたい。だから、勉強しなきゃ。」

 

それから、私は取り憑かれたかのごとく勉強を始めた。毎日4時に起きて2時間勉強をして、6時には家を出て電車の中でも勉強をする。学校の授業がある休み時間はずっと勉強をし、入りたかった運動部も入らず、家に帰っても勉強をした。そんなんだと親も周りの同級生もドン引きだったのを覚えている。中には高校の先生で「お前何でそんなに勉強するの?」と言われた時は本当にムカついて殴りたかった。

 

「こんなやつらなんて知らない。今自分のやることに集中するだけ。」

 

友達は誰よりも欲しかったけど、勉強することの方が自分の優先度は高かった。だって、友達だけでなく、親も先生も自分の人生を保証してくれるわけじゃないから。

 

最終目標は起業家

学生の時はずっとお小遣いという制度はなく、いつも年始にもらえるお年玉(とはいっても半分は親の懐行き。)3万円で1年を過ごしていた。もちろん勉強道具を買ってもらえるわけではなかったから、この中から捻出。特に自分は本が大好きで、高校に入ってから新書の魅力にとりつかれ、図書館で毎月10冊は平均的に借りていたけれども、本屋で掘り出し物の本を見つけては少ないお小遣いから自分の本を買っていた。

その中には自分の考えや人生観を変える本はたくさんあった。

今思うとその頃の読書量が今の自分の大元の基礎になったと思う。

特に自分のルートを大きく変えたのは、「経営」という選択肢ができたことだった。そのきっかけとなったのが本田健著の「ユダヤ人大富豪の教え」だった。

 

ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣 (だいわ文庫)

ユダヤ人大富豪の教え 幸せな金持ちになる17の秘訣 (だいわ文庫)

 

 

 

当時、大富豪と聞くと金にがめついやなやつくらいでしか思っていなかったが、これを読んで目から鱗だった。

 

「たくさんの人に影響を与えられる人がそのペイとしてお金をもらえる。逆に大富豪は誰よりも人の役に立っているからすごいのか!」

 

その時自分の中で「起業家」という選択肢ができた瞬間だった。逆にその本では弁護士、医者、公務員など人に「直接的に」役に立つ仕事はあまり幸せと言えないとはっきり明言していたので、今までの常識をひっくり返す考えに私はとても感動したのを覚えている。

 

「公務員」という選択肢

 

「じゃあ、なんで公務員なってんねん。」

 

それはというと…

確かにその本には公務員は中でも幸せとは言えない人生と書かれていた。もちろん、当時私は当時はどうすれば自分が起業家になれるか毎日考えていた。

 

「起業家になるならやっぱりもっと賢くならないと…大学行きたい」

 

もちろん進学校だったからというのもあり、当時ICUなど理系文系が存在しないリベラルな学校にとても憧れていた。でもここで発生した問題が金銭的問題だった。「大学?金がかかることするなら、仕事しなさい。」

 

もともと進学をOKしてくれたから、進学校にいってたのに本末転倒。自分の言ったことに責任を持たない親がムカついてしょうがなかった。また、自分でも親から一銭も出してもらいたくないというプライドもあったため、就職が選択として出てきた。

「せっかく学校のカリキュラムに公務員があるんだから、そっちを選びなさい。あんたにいくらお金がかかっていると思ってるの?」

 

腐ってても親、放置して育てられているとは言えども、親がいなければ未成年の自分は何も法的に責任が持てない…悔しかったけれど自分で自分の人生を決めるにはあまりにも荷が重いと感じていた自分もいたから、ずいぶん喧嘩したけど公務員になることを決めた。

「やるなら、自分のやりたい分野しかやりたくない。受からなかったら他の職場に就職するから。」

 

自分は他の人が10箇所くらい公務員先を受験していたのに2箇所しか選ばなかった。私は今後の数年間を預け、自分の成長が期待できる場所がその2つしかないと考えていたし、中途半端に勉強して落ちたくはなかったから。結果、第一希望を学校側にはぐらかされていたため、辞退することになったものの、第二希望の国家公務員である今の職場で内定が決まった。

 

「絶対こんな仕事辞めてやる。自分に一番向いてない仕事かもしれないけど、苦手な分学ぶことは少なからずある。これからやろうとしていることはたくさんの人に影響を与える仕事だから、国家の内部からの視点も必要だろうし。」

 

そう。実は入りたくなかった。

でも自分はそこをバネに自分を差別化することに決めた。

そして、現にそれは少なからず達成したと思う。

 

弱みを鍛え、平均値をあげる

学生まで人並みの生活ができず、クローズな環境にいた自分としては公務員は進路としては当時安心よりも不安しかなかった。

 

「学校という小さな社会でも適応出来なかったのに、より社会性が必要な公務員でやっていけるのか…?」

 

正直、今まで人との接点がなかったことで苦労したことは人より多かった。だけれども、就職せずずっと世間から背を向けてたら、学べなかったであろうこともたくさん学べた。

 

それは公務員だからというわけではなく、自分が弱みを強くして平均値を上げようと努力した結果でもあるのかなと思う。